訪問診療で役立つ「miruco」と地域医療ネットワーク
中野 智紀 先生
目次
- 「miruco」を使ってみた感想と訪問診療で役立つ「miruco」
- 地域医療ネットワークでの「miruco」
【「miruco」を使ってみた感想と訪問診療で役立つ「miruco」】
インタビュー動画(約7分)
■ 「miruco」を使い始めたきっかけと使い途について
弘前大学の小林先生とお会いした際に、ポケットエコーmirucoを教えていただいたことがきっかけで使い始めました。第一印象は「随分とエコーが小さくなったな」という点と「タブレットなのでどこにでも持って行けるな」という印象を持っていました。
小林先生からは「訪問診療に持って行くと良い」というアドバイスいただいたので、実際に訪問診療の現場に持って行ってみました。改めて考えると、訪問診療の現場では「ここで検査ができたら良いのにな…」という瞬間が意外とあったりします。とは言え訪問診療ですから、何でも検査を行えば良いという事でもありませんし、何でも病院に連れて行くという選択肢も基本的にはありません。しかしながら「ご本人の生活や治療を今後どうして行くのか?」という判断には多少なりとも情報が欲しいというのもまた事実です。そのような時に、mirucoがあればその場で簡単にエコー検査ができるというのはとても良いと思います。
看護師は「エコーが使えるんだ!これで、より良い看護ができるようになる」と、仕事に対するモチベーションが高まりました。また、私もそんな看護師と接するなかで「一生懸命やろう」という意欲が高まり、皆、気持ちの良い仕事ができる様になりました。
また、正しい使い方かどうかは分かりませんが、医師が昔からやっていることとして、聴診器の音を患者さんに聞かせてあげるという事があります。お看取りが近くなって来た時など、ご家族やご本人も当然不安になることがあります。そういった際に心臓の画像をmirucoで描出しながら「これだけ心臓が動いているよ」とお見せすると、ご家族も安心されますし、ご本人も「俺はまだ生きているんだ」と実感していただくことができます。これは検査としての使い途ではなくいわゆるバイオフィードバックのような使い方ですが、ご家族や患者さんへのメンタルケアとしては有効だと思います。
■ 訪問診療時の使い方 具体的に何を見ているか?
主に腹水や胸水の状況などを見ています。患者さんが呼吸が苦しいと訴えている際に、胸水が溜まっているのか、それとも肺炎なのか、といったことをmirucoで見れば推測できるので、診療の役には大いに立っていると思います。個人的にはmirucoが何か情報を与えてくれるというよりは、「自分達が診察で得た情報をmirucoを使って確認する」という方がmirucoに合っている使い方だと思います。
■ 「miruco」使用前後での変化について
基本的に大きな変化はありませんが、チームスタッフの患者さんに対する関心の度合いは高まっていると感じます。例えば、チーム内での情報共有が活発になったり、あるいは「看護のアセスメント」「看護の診察」といったことが最近では言われていますが、そういった事にあまり関心が無かった方々も患者さんの身体に関心を持つようになったり、「もしかしたら…」などと意見を言ってくれるようになりました。更には患者さんにエコーを当ててみてほしいという声が上がってくるケースも増えてきました。
mirucoがないとこれができない、というよりは、より深くアセスメントや思考ができたり、多くの方と状況を共有する事には間違いなく役に立つと思います。それは医療スタッフだけでなく、患者さんご本人やご家族に対しても同様で、単純に「良く診てもらえた」と言っていただけますので、満足度は高くなっていると感じます。
また、患者さんの状況を伝える際には、病状が良くなっている事だけではなく、悪くなっている事もご本人やご家族に伝えなければならないのですが、言葉だけで伝えるのはやはり難しいです。私はそういったシーンでもmirucoを使っています。画像を見せながら「今このような状態です」という伝え方をしていますが、この方法はかなり有効だと思います。
mirucoをコミュニケーションツールだと仰る先生もいますし、訪問診療では特に患者さんとのコュニケーションが大切になりますので、やはりmirucoは必要なものだと思います。
■ 「miruco」の長所について
文章(言葉)や数値というものと比べると画像というのはインパクトが強いですね。
聴診も患者さんとのコミュニケーションとしてはとても大切なものだと思いますが、どうしてもその場にいる「医師と患者さん2人のもの」のようになってしまいます。聴診の内容を共有しようとすると文章に頼るしかないのですが、文章で他のチームスタッフと共有しても、読んだスタッフにとっては「そうだったんだな」というくらいの受け止め方にしかならないわけです。
一方で、mirucoで描出したエコー画像は見れば内容が分かりますし、何よりも「分かったような気になってくれる」ということも大切なことだと思います。「分かった気になる」ことは、より積極的、主体的な参加をスタッフに促すことにつながります。そのため、たとえエコー画像を見ただけでは本質的な部分について分からなかったとしても、スタッフが状況を分かった気になるというのはとても大切な事だと思っています。
■ もの足りない点について
mirucoはタブレットなので、実は色々な事ができます。我々は地域の医療版のSNSにmirucoの画像を載せてチーム内で共有したり、あるいは、「こんなにあった腹水がこれだけになりました」ということが伝わるよう画像を加工して載せることもあります。しかしながら、このような作業は誰もができるわけではありません。それこそmirucoに画像共有ボタンを作って、ボタンを押せばリンクに飛ぶというような仕組みがあれば、もっと多くの方々に使っていただけるのではないかと思います。
また、私がmirucoにおいて一番注目しているのは、これがIoT端末だという点です。例えば常に身につけて身体の状態をモニターし、その情報を共有するなど、そういったものにかなり近いものだと思います。現時点では技術的に困難なのでしょうが、エコーのプローブ部分は誰が使っても当てられるような形に変えていくべきだと思っています。よくお話しするのが、もしエコーのプローブが誰でも簡単に使えるようなものになれば、出産予定の娘さんを持つ、おばあちゃん・おじいちゃん候補の方々が子供の為にエコーをプレゼントして、生まれる前から赤ちゃんの様子を見るといったシーンがうまれるのではないかと思います。
【 地域医療ネットワークでの「miruco」 】
インタビュー動画(約6分)
■ 地域医療ネットワークでの「miruco」
この地域(幸手市、杉戸町、宮代町)には“とねっと”という医療情報ネットワークがあり、私も事務局として立ち上げ当初から関わっています。現在3万人以上の住民の方や110以上の医療機関の方、またこの地域を走っている全ての救急車、救急隊が“とねっと”のタブレット端末を実装しており、すでに1,300人以上の方が“とねっと”の情報によって助かったという実績をあげています。
当初この地域は医師不足が深刻で、顕著に問題として表れたのがやはり救急でした。そこで“とねっと”は「救急をなんとかしよう」というのが出発点でした。具体的には、救急搬送になった時は当然一つの医療機関で全ての患者を診ることは不可能なので、普段掛かっている医療機関以外に救急で搬送された際でも情報を共有できるようにしよう、というのが初期のコンセプトでした。そこから糖尿病のような慢性疾患の管理に使われ、今では透析予防などの疾病管理にも使われるようになっており、用途がどんどん医療から日常、生活の方に近づいて来ています。
一方で、例えば在宅医療などの施設や職種を越えた多職種協働を活かすためには、患者さんのご自宅にノートを置いておくという方法も悪くはありません。しかし、現場ではリアルタイムで情報を共有していくという事が求められるため、その時に活躍できるものはICTだと思います。
埼玉県医師会やこの地域では「メディカルケアステーション」という非公開型のSNSを使っています。患者さんもこのSNSを使って常時情報交換をしています。電話だと出られなかったり、逆に今は忙しいのでは?と連絡を控えてしまったりしますし、FAXだとセキュリティ面から診療情報を扱うのは危険なので、この医療版SNSネットワークは非常に有効だと思っています。
こういったものが2018年4月から“とねっと”に統合される形になります。そうすると、PHR(Personal Health Record)と言われる患者さん自身の情報記録と、メディカルケアステーションのような多職種を繋ぐネットワーク、さらに“とねっと”のように機微な医療情報も格納していくEHR(Electronic Health Record)と言われるもの、これらが一つに統合され、その人が生まれてから亡くなるまでの健康や生活に関わる情報を全て取り込めるようになってくるわけです。
活用方法は様々です。例えば災害の時に使われることもあるでしょうし、実際にあった話では、幼稚園で園児を預かるにあたり、小児アレルギーを持つお子さんの情報を“とねっと”で把握しておき迅速な救急に繋げようという話し合いがもたれたこともありました。
このように診療情報や医療を生活の為に役立てていこうという取組があるなかで壁となって見えてきたのは、多くの情報を“とねっと”や医療用のITネットワークに取込むことが容易ではないということです。その壁を超えるためのツールとしてmirucoは大いに役立ちます。mirucoはいわゆるタブレット端末ですので、色々な情報をセキュリティが担保されたネットワークの中に容易に格納する事ができる、いわゆる「情報のトビラ」の役割をしています。これから医療も介護もIT化が進んでいくなかで、mirucoのようなITフレンドリーな端末の需要はますます増していくのではないでしょうか。
在宅医療が普及のフェーズに入り多くの医師が関わらなければいけなくなった時に、当然「自分だけでは全ての患者を診れない」という状況になります。むしろそれが普通で、自分でなんでもできる医師の方が少ないわけです。そうなった時に、色々な医師に気軽に相談が出来るようにしたいのですが、相談をEメールで送るわけにはいきませんし、撮った写真を先生のところに送り届ける時間もありません。そこに“とねっと”のような情報共有基盤があれば「先生、ちょっと見てもらえませんか?」と簡単かつスピーディに聞く事ができます。それには地域レベルの情報共有基盤が必要になって来ますし、今後“とねっと”のような医療情報基盤は全ての市町村で整備されてくるはずなので、その時にmirucoのような誰もがどこででも簡単に使える製品は必ず必要になってくると思っています。
※ご所属・役職等はインタビュー当時のものとなりますのでご了承ください。